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2010年7月19日 (月)

世界は分けてもわからない

「世界は分けてもわからない」福岡伸一:著(講談社現代新書)

ベストセラー「生物と無生物のあいだ」は、その内容もさることながら、何よりその書きぶりに圧倒されました。良い意味で科学者らしくない文章でしたから。私はすっかりファンになってしまい、刊行される書籍はすべてチェックし、週刊文春のコラムも、毎週楽しみにしています。

その福岡さんが、講談社現代新書から出した第2弾ということで、たいへん期待してすぐに購入しました。なのに、読んだのはつい最近でした。気合いを入れて読もうとして、ついつい後回しになってしまいました。

  •     プロローグ パドヴァ、2002年6月
  • 第1章 ランゲルハンス島、1869年2月
  • 第2章 ヴェネツィア、2002年6月
  • 第3章 相模原、2008年6月
  • 第4章 ES細胞とガン細胞
  • 第5章 トランス・プランテーション
  • 第6章 細胞のなかの墓場
  • 第7章 脳のなかの古い水路
  • 第8章 ニューヨーク州イサカ、1980年1月
  • 第9章 細胞の指紋を求めて
  • 第10章 スペクターの神業
  • 第11章 天空の城に建築学のルールはいらない
  • 第12章 治すすべのない病
  •      エピローグ かすみゆく星座

本書の目次をざっとこんな具合です。(原典の年月表記は漢数字です)どれも生物学に関わる、とても興味深い話ばかりでした。特に今回は、カラー刷りの図版がないと説明しにくい話題がいくつかあるため、冒頭に8ページもの口絵があります。前作が売れたので、こんなコストアップの企画も通ったのでしょうhappy01
口絵の写真の中で、私はランゲルハンス島の写真に引きつけられました。実際の様子を写した顕微鏡写真と、それを加工して南の島風に着色した写真が、ページを挟んで背中合わせに配置されています。第1章の説明によれば、一見一様に見える膵臓の細胞の中に、周囲から少し浮き上がった円形の細胞があり、福岡さんにはそれを「胡麻せんべい」に見えるものの、発見したパウル・ランゲルハンスには、南太平洋に浮かぶ小島に見えたのだそうです。実物の写真を見る限り、少なくとも私には小島にも胡麻せんべいにも見えません。けれども研究者のこうした旅情や詩的感情こそが、視野の外に捨象されてしまったものの行方に思いを馳せることができる、と福岡さんは言います。第1章では、こうした「見立て」の他に、視力や視線、解像度等の話題から、科学者の「見ること」が多面的に描かれていました。

これに続き2章では、「ずっと別の2枚と思われてきた有名絵画が、もともとは1枚だった」という話から、「今見ているの視野とその外とが連続している保証はない」という、研究者の視野の話を展開しています。第3章では、添加物を無害判定する科学は、あくまでも人体の機能をミクロな視点でしか捉えていない、という話。第4章は、生物の部分(細胞)と全体(臓器・個体)の話。ES細胞の研究が何を目指しているのかと、その難しさがよくわかりました。
第6章では、「生命現象において、全体は部分の総和ではない」という話。生物を分解すると、アミノ酸などありふれた物質にしかならないのに、ひとたび組み合わさると、代謝したり意識を持ったりする、ということの不思議さについて書かれていました。前作とつながりの深い部分です。第7章は、空耳ならぬ空目の話。計算上はなめらかに描かれた画像が、人間にはギザギザに見えてしまう、という現象から、「見ているものが実像とは限らない」という話を展開しています。

そして本書で最もページ数を割いているのは、第8章から12章にかかれて描かれた、ある科学的大発見の話。ある研究室を舞台に、科学者が全体と部分をどう見るのか、ということが詳細に描かれ、最後にはミステリー小説もかくやと思われるような、壮大などんでん返しが用意されています。福岡さんの筆力が遺憾なく発揮されている部分でしょう。

このように、本書は一貫して「ものの見方・考え方」「部分と全体」について書かれています。科学的に興味深い事例はもちろん、その説明に絵画や写真など、芸術的な話題が用いられ、非常に楽しく読むことができました。ミクロ的な視点では。
そう、本書は私にとって部分的な楽しさしか与えてくれませんでした。「世界は分けてもわからない。しかし分けなければわからない」というテーマが、すとんと落ちてこなかったのです。生物だけでなく、文章も「部分を集めても全体にはならない」のだと思いました。

福岡さんは、第6章において、物質を生命たらしめている「生気」の正体を「物質がやりとりするエネルギーと情報の流れ」であるとしています。そう、本書は講談社の広報誌「本」の連載をまとめたものとのことで、そうした「流れ」が弱いのです。おそらくは「流れ」を生み出そうと加筆・修正をしたのでしょうけれど、部分に手を入れても「生気」はもたらされないのではないでしょうか。私が編集者なら、第8章~12章の流れの中に1章~7章のエピソードを組み込んで行く、という話の流れにすることを提案したろうと思います。

内容はとても面白い本だっただけに、筆力のある福岡さんの本だっただけに、書籍としての統一感が気になりました。それで、ついこのように偉そうなことを書いてしまいました。どうかお許し下さい。

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