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2010年7月 7日 (水)

「悩み」の正体

「『悩み』の正体」香山リカ:著(岩波新書)

書店で初めて目にした新書を購入するとき、「まえがき」と「目次は」必ずチェックします。この部分は、書籍の内容はもちろん、個性や特性が表れる部分だからです。特に「まえがき」に関しては、文章が長くなればなるほど、その傾向が顕著であるように感じます。執筆動機や背景、内容に関わるエピソードや著者の経験など、著者の素の部分が垣間見えるような気がするからかもしれません。

本書の「まえがき」も、なかなか魅力的な文章でした。「精神科の診察室に来るのは、はっきりした「心の病気」を背負っている人ばかりではない」と書き出され、介護苦と生活苦に苛まれている女性の「悩み」が紹介され、これは20年前なら悩みにならなかった「悩み」であるとして次のように続きます。

とはいえ、この女性に「世の中のシステムが悪い」とか、「20年前なら孝行娘としてみんなに褒められましたよ」と言ったところで何も救われない。いかにそれが本来なら「悩み」になる必要のない「悩み」だったとしても、いま差し迫った苦痛は取り除く必要があるし、同時に「そもそもこれっておかしくない?」という、俯瞰的な視点もなのだ。つまり、いまどきの「悩み」には、”いま”と”そもそも”の二つの次元の違う対処が必要なのだ。

「現代の悩みの二次元構造」という視点は、とても新鮮で、なるほどと思いました。さらにこれを受けて、目次にはなかなか魅力的な項目が並んでいます。

  1. 嫌われるのがこわい──人間関係編
  2. 無駄が許せない──仕事・経済編
  3. このままで幸せなのだろうか──恋愛・結婚・子育て編
  4. 老いたくない、きれいでいたい──身体・健康編
  5. いつも不安が消えない──こころ編
  6. まじめに生きてきたのに──社会・人生編

実際読み進めてみると、著者が勤務する大学や病院でのできごとから、なかなか印象的な「悩み」の実例が紹介されています。

【1章】最近の学生たちは、「場の空気を読む」のに必死になっているように見える。たとえばテレビ番組への感想を聞かれた場合でも、実際に自分が感じたことよりも、その場を乱さない発言をすることが大切なのだ。
【3章】診察室には、「親の自殺を目撃してしまった」という人の後に「毎年正月家族で海外へ行くのに、今年は国内と言われた」という人がやってくる。外から見れば、悩みの質も量も違うのだが、本人にとってはそれぞれ深刻な悩みなのだ。

こうした実例は他にもたくさん紹介されており、現代人の悩みはなかなか深いなあと感じました。
けれども感心できたのはここまで。本書のタイトルは「悩みの正体」です。「正体」というからには、「悩みを生じさせている脳や心理の働きについて」や、「こうした悩みが生じてしまうのはなぜなのか」といった記述があって然るべきなのに、ついに最後までそれへの言及はありません。
まあ、タイトルは著者の責任でないこともあるので多少の誇張は許すとして、「まえがき」にあった「”いま”と”そもそも”の二つの次元の違う対処」についての解説はどこに行ったのでしょう? 各章に「まえがき」と似たような問題提起はあるものの、解決への道筋はついに示されませんでした。香山さんはお医者さんであると同時に研究者でもあるのですから、「悩み」の働きを研究するフィールドはいくらもあるはずです。なのに、ここで述べられている「~である」という表現は、証拠に乏しく説得力がありません。それどころか、「~ではないか」という、研究者としてはどうなんだろうという表現が非常に目立ちます。

なんだか「上げて、落とす」みたいな文章で恐縮ですが、期待しただけにがっかりが大きかった一冊だけに、このような紹介となってしまいました。こうした「がっかり本」は、これまでは闇に葬ってきたのですがcoldsweats01、堀井さんの「落語論」が詳細な調査と深い経験に裏打ちされた書籍だっただけに、好対照な2冊に思えたので、あえてご紹介した次第です。

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