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2010年8月25日 (水)

模倣犯5

「模倣犯5」宮部みゆき:著(新潮文庫)

第5巻も引き続き第三部。第4巻を読んでしまうと、おそらく誰もがすぐに第5巻を読まざるを得ない気持ちになるでしょう。その気持ちの中身は大きく二つあります。
一つは、登場人物たちによって物語の謎が解明される過程がいよいよ明らかになるな、というわくわく感です。すでに読者は犯人がわかっているわけですから、解明されるきっかけが非常に気になります。
もう一つは、おぼろげに見えてきた本作のテーマ「犯罪被害者の意識と犯罪報道」は、果たしてどう深まって行くのだろうかと言うこと。答えのない問題ですから、決着の行方が気になるところです。

こんな期待感から、ページをめくる手ももどかしいくらいに読み始めました。ところが、そんな読者の意識をはぐらかすかのように、第5巻の冒頭は、物語中で脇役中の脇役である「足立好子」のエピソードから始まります。

真犯人Xは生きている──。網川は、高井は栗橋の共犯者ではなく、むしろ巻き込まれた被害者だと主張して、「栗橋主犯・高井従犯」説に拠る滋子に反論し、一躍マスコミの寵児となった。由美子はそんな網川に精神的に依存し、兄の無実を信じ共闘していたが、その希望が潰えた時、身を投げた──。真犯人は一体誰なのか? あらゆる邪悪な欲望を映し出した犯罪劇、深い余韻を残して遂に閉幕!

表4のあらすじは、このようになっているものの、第5巻の中心は「真犯人は一体誰なのか」ではなく(もちろんそれも重要なファクターですが)、犯罪者の周辺の人々を描くことにあるといえます。その意味で、栗橋・高井を「病院で見かけた」という関係に過ぎない足立好子という脇役の場面で第3部を区切ったのは、なかなかうまいなあと思いました。

足立の直感や担当刑事の綿密な調査により、事件の全貌と真犯人が徐々に明らかになってゆきます。事件の解明は、被害者の家族にとっても朗報であるはず。実際、多くの犯罪報道は、そういう文脈でなされてきました。しかし、宮部さんは、この事件の直接の被害者ではないものの、「遺体の第一発見者」という形で関わることになってしまった、塚田真一と、物語の冒頭で行方不明になり犯人たちに殺された、古川鞠子の祖父、有馬義男の会話という形で、犯罪被害者の置かれた不条理な状況を見事に描きます。特に有馬が真一に言った次のセリフは印象的でした。

人殺しが酷いのは、被害者を殺すだけじゃなくて、私やあんたや日高さんや三宅さんたちみたいな、残ったまわりの人間をも、こうやってじわじわ殺してゆくからだ。そうして腹立たしいことに、それをやるのは人殺し本人じゃない。遺された者が、自分で自分を殺すんだ。こんな理不尽な話はない。

ここで述べられているのは、本当に悪いのは、犯人なのに、被害者家族は「あのとき○○していれば(していなければ)、殺されずにすんだのに」と考えて自分を責め、やがて壊れてゆく、ということです。そしてそうした被害者の二次災害に一役買っているのが、マスコミ報道や周囲の目。有馬のセリフ中にある「日高さんや三宅さん」というのは、有馬同様今回の事件の被害者家族ですが、彼らも「あんな娘なら被害にあって当然」という周囲の目に傷つけられていました。確かに実際の報道にも、こうした論調は少なからずあります。

そして塚田真一自身が、そうした思いに悩まされていました。自分の不用意な言動が家族を死に至らしめたのではないかと。しかし今回の事件を通じて、前畑や有馬と関わる中で、そうした自責の念を払拭します。そして「世間」について次のように達観するのです。

周囲の目など、そんなものだ。人間は、それが自分のみに降りかかり、否応なしに逃れることができないものでない限り、真実に直面する事などない。自分にとっていちばん居心地が良く、納得がいって気分の良い解釈を”真実”として採用するだけだ。

「報道など、所詮は傍観者の解釈に過ぎない」私には、宮部さんがこのように言っているように思えてなりません。けれどもこうした主張は、文章を生業とする小説家の主張としては非常に勇気ある提言です。一つ間違えれば、我が身に降りかかる主張ですから。それでも、いやそれだからこそ、非常に重い主張だと感じました。

こうした主張の物語だからでしょうか、事件解明のクライマックスは、テレビ局において、しかも生放送中になされます。この場面は、まさに息をも吐かせぬ迫力で、目の前に映像が展開しているように描かれています。このクライマックスにおけるキータームが「模倣犯」という言葉。これにより事件は、鮮やか解明されます。

大長編であり、登場人物も非常に多く、エピソードがちりばめられすぎていることから、正直第1巻を読み終えたときは、読むのを止めようかと思いました。けれど、読み終えた今となっては、あのとき挫折しなくて本当に良かったと思います。同時に、これだけの作品を書き上げる力量を持った、宮部さんという作家に非常に興味を持ちました。近いうちにぜひ読んでみようと思います。

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