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2010年9月20日 (月)

稲盛和夫の実学

「稲盛和夫の実学―経営と会計」稲盛和夫:著(日経ビジネス人文庫)

本書を読んでみようと思ったのは、「実学」というタイトルだったからです。サブタイトルに「経営と会計」とあるように、経営学とか会計学についての考え方について書いた本であると思われますが、メインタイトルが「実学」になっているということは、つまり実際に役に立つことを強く意識したものなのではないかと想像しました。

それは裏を返せば、役に立たない経営学や会計学があるということになります。両方とも、それ自体が極めて実学的学問と思われるのに、なぜこのようなタイトルにしたのでしょうか。

序章では、稲盛さんが考える会計学の基本的な考え方が示されています。会計学というと、数字が苦手な私にとっては、少々取っつきにくいものでした。それが、稲盛さんの手にかかると、具体的に理解することができます。たとえば「資産と経費」についての考え方を次のように解説しています。

市場でバナナのたたき売りをやるとする。バナナを一房50円で20房仕入れ、150円で売る。陳列台として、リンゴ箱を300円、その上に掛ける布を1000円、たたき売りのための棒を200円で買う。全部売れて売上は3000円。仕入れ原価は1000円だから、儲けは2000円となるはず。しかし実際には、リンゴ箱等を買っているので、手元には500円しかない。
ここへ税務署がやってきて、2000円の利益に対して、1000円の税金を取るという。リンゴ箱等は資産だというわけだ。しかし、リンゴ箱等は、誰かに転売できるような価値のあるものではないから経費なのだ。

これは何も税務署対策の説明ではなく、資産と経費の概念をきちんと把握しておかないと、たちまち資金繰りが苦しくなる、という説明です。これまで「減価償却」など、会計用語を何気なく使ってきましたが、こうした単純化したモデルで説明できるほど理解していなかったなあと実感しました。こうした比喩が可能なのは、稲盛さんが、自ら「会計の素人」と書かれていることと無関係ではないでしょう。なんとなく分かったことにしない、という姿勢が大切なのだと感じました。

本書が優れているのは、こうした比喩や説明の巧みさ、分かりやすさだけではありません。経営の哲学がすばらしいと思えるのです。たとえば第五章では、京セラが「ダブルチェックシステム」という経理手法を説明していますが、その具体的説明の前に、採り入れた理由を次のように述べています。

人の心は大変大きな力を持っているが、ふとしたはずみで過ちを犯してしまうというような弱い面も持っている。人の心をベースに経営していくなら、この人の心が持つ弱さから社員を守るという思いも必要である。(中略)「ダブルチェックの原則」を間違いの発見やその防止のためのテクニックであると考える人もいるかもしれない。しかし、このような厳格なシステムが必要な本当の理由は、人を大切にする職場をつくるためなのである。複数の人間や部署がチェックし合い確認し合って仕事を進めていく。このような厳しいシステムが存在することによって、社員が罪をつくることを未然に防ぎながら、緊張感のあるきびきびとした職場の雰囲気が醸し出されるのである。

本書のタイトルが「実学」となっている理由の一端は、まさにここにあると思いました。システムはテクニックではなく、哲学なのだというわけです。ビジネス書のコーナーは、こうしたテクニック本、ノウハウ本が花盛りですが、それではリーダーは務まらない、経営はできない、というわけでしょう。非常に感銘を受けました。

それこうした考え方は、本書巻末にある、経営者からの質問に稲盛さんが答えるという第二部において、さらに顕著になります。たとえば「経営目標は高く設定すべきか、実現可能なレベルにするか、トップダウンで決めるのがよいか、ボトムアップがよいか」という質問に対して、稲盛さんは誠実に答える中で、次のように述べています。

問題は、目標値の高い低いではありません。まずは、経営者としてあなたが「こうありたい」と思う数字を持つことです。経営目標とは経営者の意志そのものなのです。そのうえで、決めた目標を社員全員に「やろう」と思わせるかどうかなのです。

この言葉にも「テクニックではなく哲学」という考え方がにじんでいます。これは、何も会社経営だけでなく、部署のマネジメントでも学校の授業でも、まったく同じだと思いました。おそらく「目標」の設定原理は、おそらくどんな仕事においても同じなのでしょう。指導書に書いてある学習目標をそのまま子どもに示しても、何も響かないのと同じです。

ページ数も少なく、活字も大きな(つまり文字量の少ない)本の割に、得るところはずいぶん多かったように感じます。リーダーの必読書と言えるかもしれません。

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