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2010年9月22日 (水)

コラム記事のお手本

以前から、日本経済新聞のスポーツ欄には注目していました。記事に見られる、評論の視点、報道姿勢などに独特の切れ味があるからです。特にオリンピックやサッカーワードルカップなど、国民的スポーツイベントの際に、それが顕著に表れると感じています。

記事だけでなくコラムもひと味違います。中でも私が大好きなのは、「チェンジアップ」というコラム。野球解説者の豊田泰光さんが連載されています。この連載は、

「豊田泰光のチェンジアップ人生論」豊田泰光:著(日本経済新聞社)

という本にもまとめられているようです。

このコラム、最新版とバックナンバーは、こちらのサイトで読むことができます。ご覧いただければお分かりの通り、800文字程度の短い文章です。当然ながら、話題の中心は野球ですが、一般の野球評論家の見立てとはかなり違います。改めて野球に興味が湧いてくるような内容であるとともに、生き方についても考えさせられる文章です。

ただ、私がこのコラムを気に入っているのは、そうした内容面だけではありません。文章の表現方法がすばらしいのです。たとえば、2010年9月2日の「『とりあえず』の効用」というコラムには、次のような部分がありました。

 三原脩という監督は「投ゴロなのに全力で走るのは無駄」という思想の人だった。ところが、この年に限って、我々はかなりまじめに走った。九回2死で投ゴロ、一塁にたどり着く前に「ゲームセット」となっていても、とりあえずベースまで走った。
 三原理論では全くの無駄走りになるのだが、誰もが引き上げ、無人となった一塁ベースに駆け込む姿が、何かを呼び覚ました。ベンチから「おお、走っとるぞ」と声が上がるようになり、そのうちみんなが走るようになった。
 この形勢は一時に逆転できるものではない。ならばできることをこつこつやるしかないではないか。そんな風に腹をすえたところから、西鉄の反攻も始まった。

すばらしさの一つ目は、1文の短さとつながりの良さです。文章を定期的に書いている方ならお分かりの通り、1文を短くしながら、同時にそれぞれの接続をスムーズにするのはそう簡単なことではありません。ご覧の通り、この文章において接続詞は「ところが」1つだけ。なのに、スムーズにつながっています。私なら「すると」や「もちろん」なんて、使ってしまいそうです。
それからリズムを意識した文末表現。ご覧下さい。「走った」「なった」「始まった」と、文末がそろっています。通常作文指導ではこうした表現はNGです。私もこのブログでは、なるべく文末がそろわないように書いてきました。けれども豊田さんの文章は、文末がそろうことによってリズムが出ています。当時の西鉄ライオンズが、小さな事の積み重ねから調子を取り戻していった過程が、リズミカルに表現されています。

このコラムを読みながら、いつも「まねをしたい」「お手本にしたい」と思ってはいるものの、どうにも豊田さんのようには書けません。豊田さんは、野球一筋の人生を歩んでこられたはずなのに、このような文章術をどこで身につけられたのでしょうか。とても興味があります。

『とりあえず』の効用」の中で、豊田さんは「とりあえずでよいから、手近な目標を定めるといい。」と書いています。なので、とりあえず、文章の質よりも「欠かさず書く」を目標にしたいと思いました。もうちょっと手間無く書けるといいのですがweep

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