« 自分がわかる909の質問(配点) | トップページ | ロック母 »

2010年9月 6日 (月)

論より詭弁

「論より詭弁 反論理的思考のすすめ」香西秀信:著(光文社新書)

これまでに、表現について書かれた本をたくさん読んできました。どの本も一貫して重要性を説いているのは「論理的」ということです。親切な本の場合だと、論理的な説明と非論理的な説明について、実例を挙げて説明しています。こうした本に感化され、私の中で、論理的思考の有用性は、もはや疑いようのない真理になっていました。

ところが本書を書店で見かけたとき、少々ショックを受けました。帯に書かれていた挑発的な文言に、虚を突かれたのです。

みなさん、いままで論理的に考えてきて、何かトクしたことありますか?

ううむ、そう言われると確かに「トクしたこと」はなかったかも知れません。「論理性とは損得で考えることではない」という反論も聞こえてきそうですが、少なくともこれまで「論理的表現=正しい表現」と無邪気に信じてきた私にとっては、価値観を揺さぶられる思いがしました。

本書の序章は「論理的思考批判」と題されていますが、表現の論理性そのものを否定しているわけではありません。問題にしているのは、論理が展開される「場」および「人間関係」です。香西さんは、序章の中で次のように述べています。

私は、論理的思考の研究と教育に、多少は関わってきた人間である。その私が、なぜ論理的思考にこんな憎まれ口ばかりきくのかといえば、それが、論者間の人間関係を考慮の埒外において成立しているように見えるからである。(中略)われわれは大抵の場合、偏った力関係の中で議論する。そうした議論においては、真空状態で純粋培養された論理的思考力は十分には機能しない。

この点については、第四章「人と論とは別でない」でさらに詳しく述べられています。ここで示された例は、人と論の関係をとても分かりやすく説明したものでした。
たとえば「くわえタバコで歩いている人間から、自分のくわえたばこを注意されたとき」という事例。たいていの人は、相手に対して「てめえだって!」と反応するでしょう。けれどもこれは論理的反応ではありません。論理的には「発話内容の是非と発話行為の適不適を混同している」ということになるのだそうです。
しかし、このような場面に遭遇したとき、タバコを消し吸い殻を灰皿に収めてから、改めて相手の非を指摘するという「論理的」な行動を取る人はまずいないでしょう。香西さんが、論理的思考が「人間関係を考慮の埒外において成立している」と指摘していることの意味がよく分かる例でした。

それから第一章の「言葉で何かを表現することは詭弁である」もなかなか興味深く読めました。たとえば、小中学校の学習指導要領「国語」で掲げられている「事実と意見を区別する」ということについて、「ことは、そう簡単ではない」としていくつかの例を挙げています。

  1. kは三十歳だが、大学教授だ
  2. kは三十歳で、大学教授だ
  3. 冷蔵庫の中にビールがあった
  4. 冷蔵庫の中にビールがなかった

それぞれ同じように「事実」を述べているように見えます。しかし香西さんは、1と2に関しては「事実として検証可能なことを述べていながら、連結という作用によって意見となっている」と述べています。確かに1の場合は、驚きや違和感、尊敬などの気持ちが潜んでいそうな表現です。さらに4に関しては、「『ない』ものは無数にあるのに、ビールだけを取り立てるのは事実とは言えないのでは」と述べています。確かに、4なら小説が書き始められそうですが、3だと難しそうです。

読書の楽しみの一つに、それまで自分が思いもしなかった発想や感覚に触れる、ということがあります。本書は私にとってまさにそうした「効用」をもたらしてくれた本でした。最後に本書の中でとりわけ印象的だった一節をご紹介します。

多少気の利いた人なら、一見正しいこと、正しそうに見えることをそのまま信じたりはしない。が、これはある意味で、論理的思考の欠点でもある。(中略)一見誤りであること、誤っているように見えること、間違っていそうなこと、そこに正しいことを見出せることもまた真の思想家の条件の一つである。

|

« 自分がわかる909の質問(配点) | トップページ | ロック母 »

教養書」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/29188/49310605

この記事へのトラックバック一覧です: 論より詭弁:

« 自分がわかる909の質問(配点) | トップページ | ロック母 »