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2010年9月27日 (月)

創造性とは何か

「創造性とは何か」川喜田二郎:著(祥伝社新書)

KJ法という思考法の名称と、川喜田次郎さんのお名前は存じておりましたものの、恥ずかしながら、これまでその著書を読んではいませんでした。それなのに、KJ法について知ったような気になり、なんだか偉そうなことを言ったり書いたりしたような記憶があります。

稲盛さんの著書にあった、「システムだけまねても無意味」という指摘が深く心に残っていたこともあり、本書を店頭で見かけたとき、迷わず購入しました。とはいえ、疑問に思ったのは、本書が新刊コーナーにあったこと。奥付を見ると「2010年9月10日発行」となっていますから、正真正銘の新刊。川喜田さんは確か昨年亡くなったはずなのに…はて?

その疑問は、扉をめくってすぐに氷解しました。

本書は、小社刊「創造と伝統」(一九九三年)の中から、「1 創造性のサイエンス──民主的システム構築のための前提」を新書化したものです。    

と書いてあったからです。なるほど、と思う反面、「単行本の一部を抜き出して新書化するって、手抜きじゃないの?」と、最初は思いました。しかし、読み進めるうちに川喜田さんの迫力に気圧されて、そんな気持ちはどこかへ吹き飛んでしまいました。KJ法を理解するためには、川喜田さんの「創造性」についての考え方を理解する必要があったのだと実感したからです。

まずはその根源について。川喜田さんは「創造性」を意識するに至った経緯を次のように述べています。

  • 軍隊にいたとき、B29爆撃機の攻撃を受けながら、死んでも頑張ろうと思っていた。だから、運良く生き延びることができたとき、国際平和のために残りの人生を捧げようという気持ちになった。
  • 終戦を迎えたとき、これからはチームワークの時代であると考えた。この考えをまとめるに当たって、軍隊生活の経験や、単独登山の経験などが非常に役立った。

やはり、戦争を経験した人の多くがそうであるように、川喜田さんの業績には戦争経験というバックボーンが強烈に作用しているのだと感じました。「公に奉仕したい」「独裁ではなくチームワーク」という考えは、例えば私が主張したとしたら、感傷的な理想論に過ぎません。しかし体験に基づいて実践された川喜田さんの言葉は、迫力と説得力がありました。この部分の記述は、決して論理的ではないにも関わらず。「論より詭弁」に書かれていた、「論理性より人となり」という主張を実感した部分でした。

次に川喜田さんの語る「創造性」の定義。「創造性とは問題解決の能力である」としながら、次のようにも述べています。

人間には保守性と創造性という二つの側面がある。保守性とは、現状を維持したい、死にたくないと考えることであり、創造性とは、現状を打破し、つねに新しい状態に変えて行くこと。この二つは対立する場面もあるが、相互に補完する場面もある。創造はどこかで保守に循環する。時を経て認められる芸術や技術のように、循環の半径が極めて大きく、破壊と同様に見える場合もある。つまり創造とは非合理なもの、矛盾をはらんだものなのである。

このあたりは、仏教の「色即是空、空即是色」という教えによく似ていると思いました。実際本書にも、講演の際、お坊さんからそのような指摘を受けたとの記述や、キリスト教との比較、西田哲学との共通性などに言及しています。そしてこうした説明は、最終的に「創造愛」という概念の説明へと発展して行きます。

つまり川喜田さんの言う「創造性」およびその具体例としてのKJ法は、哲学なのです。世の中の見方考え方の一部分なのだと言えるでしょう。「ワークショップ型研修の手引き」という本を編集したときには考えもしませんでしたが、確かに哲学無き方法論は不毛だと感じました。本書の原本である「創造と伝統」は、第2章「文明の鏡を省みる」、第3章「西欧近代型文明の行き詰まり」、第4章「KJ法とその使命」というように続くようです。是非とも読まねばなるまいと思いました。

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