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2010年11月22日 (月)

カラフル

「カラフル」森絵都:著(理論社)

本作は映画化もされている超有名作品だったようなのですが、恥ずかしながら、「がんばれ理論社」コーナーで見るまでは存じませんでした。購入したのは、森さんの作品だから、ということと表紙デザインが美しかったからです。
この表紙、アマゾンの画像は「どうしちゃったの?」というくらい変な色ですが、実際にはきれいなレモンイエローです。さらに著者名・出版社名が手書きのローマ字で書いてあります。「Eto Mori」なんて、まるでフランス人の作家みたいですhappy01

そして本書のストーリーも、このデザイン同様、よく練られたすばらしいものでした。物語は、こんな突拍子もないプロローグから始まります。

死んだはずのぼくの魂が、ゆるゆるとどこか暗いところへ流されていると、いきなり見ず知らずの天使が行く手をさえぎって、
「おめでとうございます。抽選に当たりました!」
と、まさに天使の笑顔を作った。
天使の言いぶんは、こうだった。
「あなたは大きなあやまちを犯して死んだ、罪な魂です。通常ならばここで失格、ということになり、輪廻のサイクルから外されることになります。つまり
(以下略)

書き出しからいきなり「死んだはずのぼくの魂」ですから、少々面食らいました。それでも、たったこれだけの文字数で、物語の舞台や背景を読者に伝えてしまうのですからさすがだなと思いました。

  • 「ぼく」は、大きなあやまちを犯して死にんだこと
  • 通常は輪廻のサイクルから外れるのだが、戻れる抽選に当たったこと
  • この仕事を仲介しているのが天使であること

この後天使の計らいにより、「ぼく」は自殺してしまった「小林真」少年の体に乗り移ります。病室の真を取り囲む家族。「ぼく」は、初対面である真の家族との関係を築きつつ、様々な葛藤に直面する、というのがストーリーです。

死後の世界や天使の存在、輪廻や乗り移りといった設定は、漫画や小説ではよく用いられます。しかしそれらは、少なくとも科学的には証明されていない現象ですから、設定の必然性が重要です。その点本作では、そうした設定が、家族や友だちとの人間関係を描く上で実に巧みに使われていました。
たとえば、「ぼく」による真の家族への認識は、時間の経過に従って、次のように三段階で描かれています。

  1. 病室での第一印象
  2. 天使から得た情報による再認識
  3. 家族それぞれと関わった事による再々認識

通常の設定であれば、家族への思いは、徐々に変化することはあっても、明確に「段階」を意識することはできません。意識している「ぼく」が、真に乗り移っている存在だからこそ、客観視しているからこそできる芸当です。それと天使の存在。天使が、真に関する最低限の情報をくれる(最低限の情報しかくれない)おかげで、「ぼく」は、助かったり苦しんだりします。

こうして家族の真情が判明したとき、「ぼく」には新たな問題が発生します。それは、真の家族に対する愛情。「ぼく」がいくら家族と心通わせても、天使から与えられたミッションを達成すれば、「ぼく」の魂は真から離れる運命です。では、どうふるまえばよいのか。「ぼく」は、この最後にして最大の苦しみと、どう立ち向かうのでしょうか。クライマックスは、わくわくしながら一気に読むことができました。

程度の差こそあれ、ほとんどのティーンエイジャーたちは、家族との軋轢を経験することでしょう。大人になるために必要な段階とは言え、それは苦しいものです。本作は、そんな彼らの助けになるのではないかと思いました。
家族に対する心の移り変わりを「ぼく」視点で客観的に描くという縦糸と、巧みなフィクションという横糸によって、美しく織り上げられた文章は、きっと傷つきやすい心を優しく包んでくれることでしょう。そんなことを感じた一冊でした。

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