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2010年11月12日 (金)

私の幸福論

「私の幸福論」福田恆存:著(ちくま文庫)

一般に「平易な文章」といと、一文は短く、専門用語は使わず、具体的で身近な事例を使って説明している文章を指すように思います。この定義について、本書を読むまでは、てっきり「逆もまた真」だと思っていました。
そう、本書は、一文は短く、難解な用語は一切使われていないにもかかわらず、決して平易な文章ではなかったのです。書かれていることを読み取ってから、自分の中でもう一度反芻するという作業が必要でした。反芻しても理解したとは言えないような気もしていますが。

本書には全部で17の章があり、その冒頭が「美醜について」というタイトル。女性誌に連載された文章をまとめたという割に衝撃的なタイトルです。しかもそれは、次のように身も蓋もない文章で始まります。

美醜も、男女の幸福について論じるとき、ひとびとがあまり触れたがらない──性格にいえば、よく知っているのに触れたがらない──根本的な問題のひとつです。

この文に続いてこの章では、「人の行動や判断は顔の美醜に影響される」という論が展開されます。
この文章が書かれたであろう、1970年代は、ウーマン・リブ運動などを経て、男女平等という概念がかなり強くなってきた時期です。そんな時代にこのような主張をすることは、勇気の要ることだったと想像します。けれども、同時にこうした言わずもがなのことを述べて、いったい何になるのだろうという疑問も湧きました。
連載中そうした疑問の声が多かったと見えて、第2章では「ふたたび美醜について」と題して、さらに詳しく解説しています。

自分で努力して得た成績より生まれたときからもっている美貌のほうを高く買う社会がまちがってはいないか、そんな世のなかでは、努力する張りあいがなくなりはしないか、そう反問するかたがいるかもしれません。(中略)そういう社会を徐々によくすることも必要ですが、いくらよくなっても、程度問題で、不公平のない社会はこないし、また、それがこようと、こまいと、そういうことにこだわらぬ心を養うことこそ、人間の生き方であり、幸福のつかみかたであるといえないでしょうか。

どうやら「不公平は厳然と存在する。だから、それにこだわらぬ生き方をせよ」というのが、福田さんの主張のようです。幸福な生き方を考えるためには、まずは正確な自己認識と現状認識をもち、些末なことに惑わされない生き方をせよ、ということなのでしょう。ううむ、なんだか分かるような、分からないような主張に感じました。

それでも、第3章以降「自我について」「宿命について」「自由について」「教養について」と読み進めるうちに、はっとさせられる言葉がずいぶんありました。

  • 恋愛において「だまされる」ことはあっても「だます」ことはありえないのです。(中略)「だまされた」といいたいなら、そのときは、いさぎよく「まちがえた」とか「見そこなった」とかいうべきだとおもいます。
  • 自由とは、なにかをなしたい要求、なにかをなしうる能力、なにかをなさねばならぬ責任、この三つのものに支えられております。
  • 人々は知識を得るということに、根本的な錯覚をいだいている。人々は何かを知るということによって、より高く飛べるようになると思っているようです。(中略)が、それは半面の真理に過ぎない。(中略)それを知るまえに感じていた未知の世界より、もっと大きな未知の世界を、眼前にひきすえたということであります。

このように、「○○について」と題して、それについての既成概念を壊し、新たな視点を平易な言葉で、例えを駆使しながら説明して行く、というのが本書の基本的なスタイルです。しかし、私にはどうにも難解でした。理解できるけれども腑に落ちないとでも申しましょうか、本書は全編を通じて、かなり歯ごたえのある本でした。

いや、もしかすると、世の中のすべての本が難解なのかもしれません。文字という不十分なメディアを媒介としている以上、「わかる」などということは幻想なのかもしれません。この、読書へのスタンスとして、福田さんは「教養について」という章の中で次のように述べています。細々と読書ブログを書いている身としては、実に心に迫る文章でした。

本は、距離をおいて読まねばなりません。早く読むことは自慢にはならない。それは、あまりにも著者の意のままになることか、あるいはあまりにも自己流に読むことか、どちらかです。どちらもいけない。本を読むことは、本と、またその著者と対話をすることです。本は、問うたり、答えたりしながら読まねばなりません。要するに読書は、精神上の力くらべであります。本の背後にある著者の思想や生きかたと、この両者のたたかいなのです。そのことは、自分を否定するような本についてばかりでなく、自分を肯定してくれるような本についても言えます。

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