« コピペ問題 | トップページ | 梅棹忠夫語る »

2010年11月29日 (月)

街場のアメリカ論

「街場のアメリカ論」内田樹:著(文春文庫)

日本辺境論」を読んだタイミングで本書を購入しました。なのに、こないだまで積ん読状態。最近になってようやく読むことができました。それでも私にとっては、今が読むのに最適の時期だったなと感じています。

それは、鳩山政権でギクシャクしだした対米関係によって、周辺諸国との外交問題(主として領土問題)が顕在化し、変化してきたこと。もう一つは、「日本辺境論」で芽生えた思考の軸のようなものが、頭の中で少し熟成してきたからです。

まず注目したいのが、20ページ以上にも及ぶ、長い「まえがき」です。ここには、その後展開するいくつかの重要な視点の前提が書かれています。私が気になったのは、まず日本のナショナリズムについて書かれた部分。

一八五〇年代というのは日本のナショナル・アイデンティティの危機のときであった。(中略)清の没落を目の当たりにして、それまで考えなくてすんだ「日本のアイデンティティという主題」を意識しなければならなくなったということである。

この認識は、まさに「日本辺境論」で展開された考え方につながる部分でしょう。内田さんは鎖国でさえ「中国のまねに過ぎない」と断じて、日本は、昔は中国、今はアメリカとの相対で自己を認識していたということです。考えてみればナショナリズムとは、相手がいなければ成立しないわけで、こうした視点は新鮮でした。
その上で、さらに面白いと思ったのは、アメリカに対する日本人の意識のねじれについてです。内田さんは憲法論議を例にして、次のように説明します。

  • 改憲派は「アメリカに押しつけられた憲法だから」という理由で憲法改正を主張している。けれども彼ら自身の政治的立場は東西冷戦時代以来一貫してアメリカの世界戦略を支持することにある。(中略)逆に日本の左翼は「GHQに押しつけられた」憲法を「国の宝」と護持している。
  • 日米関係のメインストリームの政治的言説は「アメリカへの従属なしに、アメリカからの独立はありえない」というねじれたロジックを戦後六〇年間繰り返してきた。

ここで言及されている「ねじれ」は、沖縄の基地移転問題に端を発した安全保障論議の際に、数多く見ることができました。尖閣諸島の海域を守る、という議論も、この「ねじれ」という考え方で捉えてみると、いろいろと興味深いものがあります。私にとっては、本当にタイムリーな指摘でした。

本書では、この長い「まえがき」の後、日米関係の歴史、アメリカの漫画、統治システム、児童虐待、身体観、宗教、訴訟社会などについて語られています。どれも非常に面白かったのですが、特に視点転換を迫られたのは次の3点です。

  • アメリカの漫画は、出版社が著作権を握り、絵を発注する形で成立している。作者は漫画家ではなく作画家なのだ。だから質を高めるモチベーションが働かず、面白くない。
  • アメリカ大統領という仕事は、実は誰がやっても大丈夫。なぜなら、人は必ず間違える、という性悪説に基づく精度設計がなされているから。
  • 実はアメリカ人は子どもが嫌い。それは映画や文学作品から容易に読み取れる。

「アメリカの漫画は作品ではなくシステム。だから面白くない」という指摘は、新鮮でした。プロデューサーや監督ばかりが目立つ映画がことごとくつまらないのはそういうわけかと合点が行きました。
また、毎回大統領選挙があれほど盛り上がる国なのに、「誰がやっても大丈夫」というのは、にわかには信じられません。けれどもこれも、次々に論拠を示されて納得させられてしまいました。
それから子ども嫌いについて。これまでは根拠無く「日本より欧米の方が子どもを大事にする」と信じていましたから、この指摘は意外だったものの、映画や文学の子ども描写に見られるある種の違和感をきれいに説明してもらった気がします。欧米の子どもがあっという間に大人びてしまうのは、居心地が悪いからなのではないかと思いました。

これまで読んできた内田さんの著書同様、本書には知的刺激がちりばめられ、実に楽しく読めました。通勤、通学のお供には最適ですし、特に歴史に興味のある方にはおすすめです。

|

« コピペ問題 | トップページ | 梅棹忠夫語る »

評論」カテゴリの記事

コメント

TBさせていただきました。
読ませていただいて、復習していました。
ついこの間読んだばかりのような気がしていたのですが、内容はすっからかんになっていましたし。
二つの「中華」に翻弄されるというこの時代の新しい局面の右往左往ぶり、一瞬評論家のように興味津々となる自分を見い出して、そして、対岸の火事じゃないことをふと思い・・・ぞっとしますね。

投稿: 時折 | 2010年11月30日 (火) 08時01分

時折さん、コメントありがとうございました。
本当に、対岸の火事じゃないんですよね。なのに、国会の方々だけが対岸の火事と思っているような節があり、かなり残念な気持になっています。いや、国会風に言うなら、遺憾に思っております(笑)。

最近のウチダ先生のブログに、「『街場の中国論』を書いたら公安がやってきた」という記事がありました。日本の公安ってその程度なのか、と思うと同時に、この本も読んでみたくなりました。
一人の作家に入れ込むことは、できるだけしないようにしているのですが…

投稿: むらちゃん | 2010年11月30日 (火) 09時40分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/29188/50021976

この記事へのトラックバック一覧です: 街場のアメリカ論:

» 内田樹『街場のアメリカ論』 [時折書房]
街場のアメリカ論 NTT出版ライブラリーレゾナント017著者:内田 樹販売元:NTT出版発売日:2005-10-13おすすめ度:クチコミを見る 日本にとって、ただの外国ではないところの、アメリカ ... [続きを読む]

受信: 2010年11月30日 (火) 07時57分

« コピペ問題 | トップページ | 梅棹忠夫語る »