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2010年11月 8日 (月)

ジェネラル・ルージュの凱旋

「ジェネラル・ルージュの凱旋(上)(下)」海堂尊:著(宝島社文庫)

小説を読み終わって「良かった、面白かった」と感じることは良くあります。ただ、その良さや面白さの中身は一様ではありません。本書を読み終わった直後、そんなことを考えました。

まずは、下巻の表4に記載されているあらすじをご紹介しましょう。上巻のものは、物語のイントロダクションなので省略します。

高階病院長の特命で、速水部長の収賄疑惑を調べ始めた田口だったが、倫理問題審査委員会による介入や、新人看護師と厚生労働省のロジカル・モンスターの登場でさらに複雑な事態に巻き込まれていく。悲願のドクター・ヘリ導入を目前に、速水は病院を追われてしまうのか。切り捨てられゆく不良債権部門・救急医療を守る男の闘いと、医療の理想と現実をダイナミックに描き出した傑作エンターテインメント。

そうなんです。本書はまさしく「メディカル・エンターテインメント」でした。海堂さんのデビュー作「チームバチスタの栄光」が「このミステリーがすごい」大賞を受賞していた上に、次作である「ナイチンゲールの沈黙」も殺人事件の謎解きがメインの話でしたから、本書もてっきりミステリーだと思って読み始めました。けれども、殺人は起こりませんし、深まる謎といった部分もありません。なのに、上巻の半ば頃からぐんぐん引き込まれ、下巻はページをめくる手がもどかしいほどに熱中してしまいました。

熱中した原因の一つは、詩的で映像的な描写です。たとえば、今回の中心人物速水部長が、将軍(ジェネラル)と呼ばれるようになった由来(病院の緊急事態に対応する緊張を隠すためルージュをひいた)が看護師の口から語られる場面。ルージュをひくように進言したのは看護師(女性)であり、その逸話が女性から語られることによって、ルージュをひいて事に当たる速水の様子は、かなり色気のある描写になっています。この場面、合戦に化粧をして臨んだ平氏の武将のことを思い浮かべました。
また物語後半の、大事故でけが人が大量に出ているのに、陸路が寸断され患者が思うように病院に届かないことに速水が焦る場面の描写。ちょっと長いですが引用します。

速水は部屋を飛び出し、階段を駆け上がる。オレンジ新棟の屋上ヘリポートからは、遠く水平線まで見通すことができる。碧翠院桜宮病院の貝殻の上空が真っ赤に爛れていた。数羽のヘリコプターが鳶のようにゆるやかに旋回している。張り詰めた神経の弦には、ヘリコプターの羽音が耳障りだ。速水は拳を握る。両腕を一杯に広げ虚空を抱き止め、蒼天に向かって怒号を上げる。「取材のヘリは飛ぶのに、ドクター・ヘリはどうして桜宮の空を飛ばないんだ」血まみれの白衣が肩から滑り落ちたのにも気づかず、ジェネラル・ルージュ、速水は虚空に向かって吼え続ける。救命救急の虎の咆哮を意に介さず、ヘリコプターは桜宮の夕空を優雅に旋回し続けていた。

様子を描いているだけなのに、速水の心情がひしひしと伝わってきます。さらに速水のセリフ「取材のヘリは飛ぶのに、ドクター・ヘリはどうして桜宮の空を飛ばないんだ」は、本書のテーマの一つ。ヘリコプターもない病院のヘリポートから速水が叫ぶことで、この国の医療行政の問題点が一つ浮かび上がってきます。実に上手い描写だなあと思いました。

そして本書には、大きな仕掛けがあります。それは本書の物語が、前作である「ナイチンゲールの沈黙」と同時並行で繰り広げられるドラマだと言うこと。冒頭はかなり似通った書き方の上に、起こる事件も同じなので、当初本書を読み始めたときは、同じ本を買ってしまったかと思い、非常に焦りました。本書下巻の巻末には、この両書をより分かりやすく読めるように、「ナイチンゲール~」と本書の出来事を時系列で整理した資料や、登場人物一覧、東城大学病院の見取り図などが掲載されています。これはなかなか面白い企画だと思いました。

「本を読んですかっとしたい」そんな気持になったときに、ぜひお勧めしたい一冊です。

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