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2010年11月 5日 (金)

芥川賞はなぜ村上春樹に与えられなかったか

「芥川賞はなぜ村上春樹に与えられなかったか擬態するニッポンの小説」市川真人:著(幻冬舎新書)

村上春樹さんといえば、「今年こそノーベル文学賞では!?」ということで、今年ずいぶん話題になりました。それほどまでに評価される村上さんが、なぜ芥川賞を取れなかったのか──改めて問われてみると、確かに不思議です。
雑誌や新聞の書評で取り上げられていたことと、この直球で分かりやすいタイトルに惹かれて本書を読んでみることにしました。

ところが期待して読み始めたものの、冒頭の「はじめに」は、なんだか怪しい雲行きの書き出しになっていました。

夏目漱石、太宰治、村上春樹。いずれも、この国の「小説(文学)」のうちでもっともよく知られている書き手のひとりですが、彼ら三人(の、よく知られた作品)には、ぞれぞれこんな「謎」があります。

むむむ。3人列挙しておいて「書き手のひとり」と書く、表現上の問題はさておくとしても、村上さんの芥川賞となんの関係があるのかさっぱりわかりません。その上、その直後に示される「謎」は、こんな具合です。

  1. 「坊っちゃん」で、坊っちゃんは一体だれとくっつくか
  2. 「走れメロス」のクライマックス、メロスは「間に合う、間に合わぬは問題でない」と、とんでもないことを言う。こんなトンデモ話が感動を呼ぶのはなぜか
  3. 芥川賞は、なぜ村上春樹に与えられなかったのか

もしもし、この列挙はいくらなんでも無理があるのではありませんか。作品と作者をごっちゃにして、「謎」と一括りにする乱暴さもさることながら、「坊っちゃん」や「走れメロス」が、それぞれの方の代表作と言う方はほとんどいないでしょう。さらに3番目の話題はともかく、他の2つは果たして「謎」と言えるでしょうか。
市川さんも、さすがにこれは無理があると思ったのでしょうか。さらに次のように述べています。

一番目の謎と二番目の謎、そして分量的には本書の大半が費やされることになる三番目の謎は、入口としては別のものです。ですから(中略)興味をひかれたところから、読み始めてください。(中略)それらはゆるやかにつながってゆくはずです。

この言葉を信じて、この300ページ以上もある本書をがんばって最後まで読んでみました。けれども、村上さんの芥川賞の話題は、「本書の大半」を費やしてはいませんでしたし、3つの話題が「ゆるやかにつながって」などいませんでした(号泣)。無理矢理つながっている風にしようとした形跡は認められましたが。
さらに国語教科書や国語科教育に関する誤解と偏見が随所に織り込まれていて、しかもそのあたりきちんと調べた形跡もないのに、心底がっかりしました。教育のことになると、こうやって思い込みによるステレオタイプ的な記述が許されてしまうのは、いったいどういうわけなのでしょうか。

基本的に紹介する本は褒める」のがポリシーの当ブログですが、今回は違和感をメインに紹介させていただきました。ではなぜ本書を案内したかと申しますと、本としてのまとまりに欠けるだけで、部分的には結構面白いところがあるのです。
特に、村上さんが芥川賞候補になりながら、落選した理由について、市川さんは、芥川賞選考委員のコメントを分析することで明らかにしようとしています。選評の分析もさることながら、同時代に受賞した村上龍さんや田中康夫さんの選評との比較は、非常に面白く読めました。その上で導き出されている芥川賞が与えられなかった理由は、なるほどなあと思えるものでした。
それから本書の本筋に関わっているとは思えなかったものの、村上さんの作品論、特に「村上が描く父性」という視点は新鮮でした。

というわけで、本書は村上さんのファンの方なら一読の価値があるかと思います。話題が少々あちこちすることに耐えれば、それなりに楽しめるはずです。そしてもし可能なら、本書を読む前に、「日本辺境論」を読むことをお勧めします。市川さんが引用している芥川賞選考委員の選評が、また違った視点で読めるのではないでしょうか。

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