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2010年11月10日 (水)

授業の復権

「授業の復権」森口朗:著(新潮新書)

教育業界に関わって、そろそろ30年になろうとしているのに、恥ずかしながら本書の著者、森口さんの存在を存じませんでした。書店で本書を手にしたのは、書名に興味を持ったからであり、まったくの偶然です。

それが、目次を一覧して少し驚きました。教育関係者なら誰もが知っている有名な授業者が取り上げられている上に、そのセレクトのし方がユニークなのです。以下に目次を引用します。

序章 授業こそ学校の魂
第一章 「仮説、推理、検証」で学ぶ科学の心──仮説実験授業 板倉聖宣
第二章 「目に見える」算数への革命的転換──水道方式 遠山啓
第三章 「書く」「読む」「話す・聞く」で本物の国語力──鍛える国語 野口芳宏
第四章 教科書を教科書通り教えよう──教育技術法則化運動 向山洋一
第五章 類型化、そして反復が起こした奇跡──百ます計算 陰山英男
第六章 「一個のハンバーガーから世界が見える」──「よのなか」科 藤原和博
終章 教育論争の忘れ物

これら有名な方々の実践をコンパクトにまとめて紹介・論評した本というだけでも珍しいのに、その説明の仕方が目を引きました。実践の優れた点をポイントアウトすることはもちろんですが、同時に、課題や限界などネガティブな要素にもきちんと言及しているのです。しかもそれは机上の理論ではなく、実際に授業を見た上での論評に感じられました。
通常、実践紹介の本では、子どもたちのすばらしい反応、高い教育効果、すぐれた作品など、たいてい礼賛一本槍です。批判はもちろん、欠点や課題が示されることはまずありません。その点で本書は異色であり、出色であると思いました。

たとえば仮説実験授業については、「『科学』本来の思考を子どもたちに身につけさせようとしている授業」とその考え方を評価し、さらに授業実践を紹介しながら「討論しない自由を認めている」など、優れた点を具体的に指摘しています。仮説実験授業というと理科の授業だと誤解している人も少なくないことを意識してか、社会科の実践にも焦点を当てて紹介しているのが印象的でした。
一方で、「1つの単元を実施するのに時間がかかりすぎること」「授業を実施する教師が、高いレベルの知識を有していないと成立しないこと」を問題点として指摘しています。現状の時間数と現場の現状では、確かに難しそうです。

以下、遠山さんの水道方式や、野口さんの国語、向山さんの法則化などについて、そのすばらしさと課題を紹介しています。陰山さんの「百ます計算」に関しては、その祖が岸本さんにあることと陰山さんなりの拡張がきちんと分けて紹介され、山口小学校での成功原因が分析されていました。目から鱗の指摘がずいぶんありました。

そして私が最も驚いたのは、終章における日教組の記述です。日教組がもたらした好影響を論理的に述べています。森口さんは、東京都職員でもあり、また論調から類推するにおそらく保守的な方だと思うのに、いや、おそらく「だからこそ」、日教組の良い面を分析しているのです。これは、私の認識からしても、真に当を得た意見だと感じました。たとえばこのあたり。

1970年代あたりまで、教員は組合活動の中で組織人となり、先輩を見習い、「大人」になった。だが、日教組が分裂し崩壊へと向かう過程の中で、このような機会は完全に失消えうせている。

つまり、組合は、授業能力だけでなく、組織人としてのあり方を身につけるために機能していたというのです。現在の学校は、組織としての体をなしていないから、情報や意思の疎通ができず、様々な問題を引き起こしていると言います。
この問題を解決するために、国は、主幹制度や副校長制度など、学校組織のピラミッド化を躍起になって行っているけれど、うまく行かないだろうと森口さんは言います。それは、日教組のピラミッドが、教え方の上手さを背景にしていたのに対して、現状の管理職試験は、教え方の巧拙を問わないので、尊敬が得られないからだというのです。確かに、上司に対する尊敬が存在しない組織が上手く回るはずがありません。これは鋭い指摘だと思いました。

本書の中には、現場の先生にとっては違和感を感じる部分もあるでしょう。私も学力観などの点で、少々ずれを感じました。しかし、そうした違和感を差し引いても、本書が提示している視点は、教育関係者にとって間違いなく有益であると感じました。「益」の中身は、人によって違うとは思いますが、きっと何かしら得ることのある本です。

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コメント

拙著への過分な評価と有意義なご指摘、ありがとうございます。

巷に出回る授業本は、同じ職業(教師)の人間が書いた、しかも主義主張の似通った人に対するメッセージ、口汚く言えば集団オナニーばかりです。

この本は、そんな本しか読めない可哀想な教育学部の学生を想定読者とした本で、どんな主義主張の方でも読めるように書いたつもりでしたので、貴殿の評価を嬉しく思います。


12月には、ガチガチ保守の立場から『日教組』という本を出します。
保守思想にアレルギーがなければ、是非御一読を。

投稿: 森口朗 | 2010年11月14日 (日) 23時54分

森口様 著者ご本人からのコメントありがとうございました。「集団オナニー」とはまたラジカルなおっしゃりようですが(笑)、確かにそういう部分はありますね。
>> ガチガチ保守の立場から『日教組』
いやあ、楽しみですね。
実際私もこの部分のご指摘が最も驚きでした。こういう捉え方をすると、いろいろなことが説明できると感じました。
ご著書はまもなく出版とのこと。楽しみです。必ず拝読させていただきます。

投稿: むらちゃん | 2010年11月15日 (月) 00時15分

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