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2010年12月10日 (金)

白銀ジャック

「白銀ジャック」東野圭吾:著(実業之日本社文庫)

先日都内の大手書店に参りましたところ、本書が山積みになっていました。「実業之日本社、文庫初参戦!」といったような内容のPOPとともに、大量に並べてあるので、いやでも目に付きます。
しかも本書は、月刊誌に連載されたものを、単行本を経由せず直接文庫化した本とのこと。「へえ」と思い、内容も確かめず、購入してしまいました。

ゲレンデの下に爆弾が埋まっている――
「我々は、いつ、どこからでも爆破できる」。年の瀬のスキー場に脅迫状が届いた。警察に通報できない状況を嘲笑うかのように繰り返される、山中でのトリッキーな身代金奪取。雪上を乗っ取った犯人の動機は金目当てか、それとも復讐か。すべての鍵は、一年前に血に染まった禁断のゲレンデにあり。今、犯人との命を賭けたレースが始まる。 圧倒的な疾走感で読者を翻弄する、痛快サスペンス!

ご覧の通り、本作の中心は、スキー場とそこにいるお客さんを人質に取った「身代金」要求事件です。「警察に通報できない状況」というのは、スキー場の経営状況。スキー客が年々減少している上に、温暖化で雪が降らないときすらある現代にあって、せっかく開いたスキー場を閉めることになる警察の介入は絶対に避けたいというわけです。この状況が、物語の基盤をなしています。

本書は全部で400ページ以上もある厚い本なのですが、すいすい読むことができました。それはテンポの良い文章のおかげ、というのはもちろん、展開上の工夫もありました。一般的なサスペンス同様、読者は「犯人は誰か」という謎とともに「犯人の目的は何か」という謎と向き合わなくてはなりません。目的の分からない犯罪ほど、人を不安にさせるものはありません。東野さんは、冒頭から読者の不安をこれでもかと煽ります。
犯人の要求に対して、スキー場側は、秘密裏に「身代金」を支払うのですが、その直後に再度「身代金」要求が来るのです。交渉が長引けば、金額がかさみ会社の経営が危うくなることに加え、スノーボードの世界大会のコース作りに大きな影響が出てしまいます。万一完成できなかったら、あるいは不十分な完成度だったら、このスキー場に未来はありません。つまり八方ふさがりの状況。
こうした苦しい状況の描写や、スキーやスノーボードの様子の描写はスピード感にあふれ、まるで映像を見ているかのようでした。スキー経験がないと、ちょっとわかりにくい部分があるかもしれませんが。

本作の結末については、その感想も含め、書くことは控えます。いろいろな感じ方があることでしょう(決して否定的な意味ではありません)。結末を楽しみにしながら、直滑降で読み進めていただければと思います。
それから1点だけ残念だった点を挙げておくと、「容疑者Xの献身」や「秘密」に見られたような人物描写というか人間模様が、本作には少なかったことです。もっともそれは、エンターテインメント性とのトレードオフなのだろうとは思いますが。

本の内容とは別に、私が面白いと思ったことがひとつあります。それは、ミステリ本を読む上でページの厚さが持つ役割について。物語が一瞬解決しそうに見えたとき、左側のページにまだ厚みがあると「むむ、まだここから一波乱あるのだな」と想像しますし、謎が深まるばかりに見えても左側が薄ければ「これでどうやって解決するのだろう」とわくわくします。
本作では、複数回の身代金引き渡し場面があるのですが、第1回目の引き渡しが済んだとき、左側がまだ分厚い状態だったので「ははあ、これでは決着しないのだな」と思いました。こうやって想像しながら読むことが、私にとっては、これがミステリを読むときの楽しみのひとつになっています。
近い将来、ミステリが電子書籍になったとき、こういう感覚はどうなるのかなあと思いました。むろん、厚みをソフトウエア上で仮想的に見せることは可能ですが、手に持った感覚は再現できないわけで、ならばそんな機能は不要ということになります。

楽しく一気読みできた作品だけに、こういう作品が電子書籍向きなのだろうなあ、と思いました。それだけに、ミステリを読む、ということの未来についても想像してしまいました。

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» 現場はゲレンデで! [笑う社会人の生活]
小説「白銀ジャック」を読みました。 著者 東野 圭吾 スキー場を舞台にしたサスペンス ゲレンデに爆弾を仕掛けたという脅迫があり・・・ 単純に最後まで楽しむて読め 東野さんらしく 読みやすさはピカイチ ミステリよりかはサスペンスですね 犯人やトリックとかより...... [続きを読む]

受信: 2012年8月23日 (木) 21時45分

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