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2010年12月 3日 (金)

梅棹忠夫語る

「梅棹忠夫語る」聞き手:小山修三(日経プレミアシリーズ)

本書の帯には、次のように書いてありました。

あきらめたらあかんのです!
死の直前まで語り通した、自らの生きざまと哲学。

「なんと大げさな」と思いつつ、「はじめに」を読んでみると、そうでもないことがわかりました。大病を患った梅棹さんを励まそうと、小山さんが対話を企画し、それをまとめた最後の一冊が本書なのだそうです。
最後の一冊なのに、いや最後の一冊だからこそなのか、本書の内容は、「本当にこれが最後の言葉?」と思うほど、熱く、力強いものでした。

まず第一章の「君、それ自分で確かめたか?」は、本書を象徴するような内容でした。梅棹さんの代表作である「文明の生態史観」の成立過程の話が中心となっています。「生態史」とは聞き慣れない言葉ですが、歴史や文化と気候や環境を一体的に考えて文明を捉える考え方のようです(間違っているかもしれません)。そういう理解をするためには、実際に現地に出向き、そこに住む人たちと言葉を交わし、現地を肌で感じる必要があると。梅棹さんは、犬ぞりの研究では樺太に渡り、モンゴルの研究では馬に乗り、ヨーロッパの研究ではイタリアやフランスの田舎町で野宿した経験を楽しそうに語っています。

「体験が重要」ということは、教育関係の方なら誰もが否定しないでしょう。けれども学問の分野ではそのように認識されていない、と梅棹さんはいいます。それは、学会では先行研究や引用が重視される上、研究室に閉じこもるのも居心地がいいからだと。本書では、あちこちに日本のアカデミズムに対する批判が展開され、高名な学者さえ実名を挙げてこき下ろしています。しかもかなり強い調子で。
それなのに、あまりぎすぎすした感じにならないですんでいるのは、梅棹さんの言葉が、おもに関西弁で語られているからでしょう。関西弁による批判は、救いがある気がします。それとユーモア。「博士号は、足の裏に付いた飯粒と同じ。取らな気持ち悪いが、取っても食えん」という意見には笑いました。

とはいえ私は学者ではないので、情報産業論についての話と、組織マネジメントについての話がもっとも印象に残りました。
まず情報産業については次のように述べています。

情報と産業を分けて考えたらあかんねん。情報産業というもんや。(中略)農業の時代、工業の時代、その次に来るのが情報産業の時代。(中略)情報産業は、何もつくってないかもしれないけれど、一つの産業です。

梅棹さんが「情報産業論」を上梓したのが1963年。放送局が、まだ産声を上げたばかりのこの時代に、すでに情報が工業に取って代わる産業になると予見している慧眼もさることながら、情報の本質を次のように言い切っていることにも驚きました。
 情報はつくるもんやと思っとらへん。勝手にあるもんと思ってるのや
これは、誰もが発信者になり得る現代において、ようやく実感できるようになった考え方です。これを、1960年代に思いついていたのですから、恐れ入ったという他はありません。

それから組織マネジメントに関しては、「よいリーダーの条件は、フォロワーシップを経験し理解すること」と述べていることが強く印象に残りました。フォロワーシップというのは、私は「よりよき部下意識」とでも理解すればよいでしょうか。組織のために考えることができ、かつ基本的にはリーダーに従うことのできる部下こそがよりよき組織を作る──この原理を理解し、実践したことのある人間が優れたリーダーだと梅棹さんは言います。みんな平等、という組織もダメだし、リーダーに盲従させる上意下達式の組織もダメで、リーダーとフォロワーで構成される組織が理想だというわけです。

梅棹さんがこの考えに至ったのは、登山の経験が大きいのだとか。そういえば、川喜多さんも登山の経験からKJ法を着想したと書いていました。先進的な知的活動のためには、まず山に登るのがよいのかもしれませんfuji
冗談はともかく、本書は混沌とした今の時代だからこそ読むべき価値があると思いました。梅棹さんが活躍した戦後という時代は、やはり先の見えない時代だったことでしょう。その時代に、だれにも似ていない独自の考え方を打ち立てた梅棹さん。本書は、その考え方の淵源を垣間見せてくれます。気軽に読めるけれども、よく読むと深い、そんな一冊です。

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