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2011年1月21日 (金)

成熟日本への進路

「成熟日本への進路 「成長論」から「分配論」へ」波頭亮:著(ちくま新書)

本書は年末の週刊誌で紹介されていました。確か「今読んでおきたいビジネス書」といった類の特集記事に掲載され、非常に高い評価だったと記憶しています。

書店で手に取ったものの、見返しには「政策を実行するための戦略と新しい社会のしくみを明快に示す」などと書いてあり、なんだか難しそうです。けれども、実際には非常に読み応えのある、知的刺激にあふれた本でした。読後しばらく興奮が冷めなかったほどです。
このすばらしい一冊は、見返しの堅苦しさとは対照的に、次のように書き出されています。

近年目にしたアンケート調査で心に引っかかったものが二つある。
「自分は幸せだ」と思う人の比率が世界一のデンマーク。
「自力で生活できない人を国が助けてあげる必要はない」と思う人の比率が世界一の日本。
なぜこんなにも違うのか。
そもそもデンマークは税金が高くて、所得の七割以上も取られると聞く。なのになぜ、国民は自分のことを幸せだと言えるのだろうか。
(中略)一方、日本人は弱者に対してなぜこんなに冷たいことが言えるのか。

これと似た指摘は、「子どもの貧困」でもなされていました。同書では原因を「格差が進んだから」と分析していましたが、波頭さんは、「日本は成長フェーズから成熟フェーズに移行したから」と分析しています。その上で、すべての国民が安心して暮らせる社会をつくるため、新しい国家ヴィジョンを打ち立てようと主張しています。
こうした主張自体は、文字面だけ見るとどこかの政党の陳腐な公約と同じように見えるかもしれません。しかし本書は違います。具体的に数値を示したり、身近な例にたとえたりしながら、この主張を実に丁寧に、分かりやすく解説しているのです。まずは目次をご紹介しましょう。(実際には章はローマ数字、節は漢数字で記載されています)

  1. 21世紀日本の国家ヴィジョン
    1. 国家ヴィジョンの不在
    2. 日本が成熟フェーズに入ったことの意味
    3. 新しい国家ヴィジョン:国民の誰もが医・食・住を保障される国づくり
  2. 経済政策の転換
    1. 成長戦略は要らない
    2. 成長論から分配論へ
    3. 産業構造をシフトする二つのテーマ
    4. この国のかたち:社会保障と市場メカニズムの両立
  3. しくみの改革
    1. 行政主導政治のしくみ
    2. 官僚機構を構築している四つのファクター
    3. 官僚機構の改革戦略
    4. 国民が変わらなければならないこと

第1章では、日本が既に成長フェーズの国ではなくなったことを検証した上で、国民の誰もが医・食・住を保障される国づくりが必要だとした上で、それが財政的に可能であることを数字で示しています。それをふまえ、第2章では具体的な経済政策を提言し、第3章では、そこに至る道筋、特に官僚組織の改革について述べられています。

この主張の詳細については、ぜひ本書をお読みいただくとして、私が感動したのは、その説明の仕方です。
たとえば、本書の前提である「日本経済が成熟フェーズにある」ということの論証の部分。一般的な指標であるGDPについて、その定義と構成要素を丁寧に説明した上で、名目GDPと実質GDPそれぞれのグラフから、90年代以降の日本が成長していないことを解説しています。さらに「経済成長率=労働力の増加率+資本ストックの増加率+技術進歩率」という別の視点からも論証しています。
Seijuku この一連の説明は、左のような図にすることができます。こんな図が容易に作成できるのは、論証の型がしっかりしているからです。その上論証を構成する要素一つ一つの説明が丁寧なので、実に読みやすく理解しやすいのです。もちろん、本書全体がこうした構成になっています。
さらにすばらしいのは、新しい章の冒頭に前章の概要が書かれていることです。2章の冒頭には1章の内容が、3章の冒頭には、1章と2章の概要が書かれています。おかげで全体の論旨が楽に掴めますし、読みが中断された場合でも容易に読み進めることができます。読者に配慮した、すぐれた編集です。

波頭さんが本書で述べている具体的な経済政策は、実に明快であり少なくとも私には、非常に妥当性があると感じられました。難しい分野であるだけに、政治家や専門家などから異論や反論が寄せられることでしょう。本書で示された提言は、それほど高度なものです。
けれども、そうした専門的な部分をさておいても、論証や説明の手法という点で、本書は一読の価値がある本です。もっと言えば「読まずに死ねるか」というくらいの本です。強く、強くお勧めします。

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コメント

おはようございます。
・・・私も読んでみました。
そして、私は、この「成熟社会」のフェーズ云々という問題について、私が今までどうして薄ぼんやりとした気持ちにしかなれなかったのか、だんだんわかってきたように感じました。
「日本は『成熟社会』のフェーズになりました」と、いくらデータをそろえて力説されても、それに同調するレベルが自分の体に落ちてきていないから、私はずっと微妙だったんだなあと。
この本でも冒頭で強調されていることですが、日本人の基本的な幸福感や対他意識など、そういう根っこの部分に本質的な変化が生まれないと、本当の意味での「成熟社会」を訪れないようにも感じるのです。
でも、私自身、来るべき「成熟社会」においてあるべき日本人の「成熟」というもののかたちを日々模索している(笑)ようなところがあるもので、いろいろな意味で非常に具体的な示唆をもたらしてくれた本でした。
どうもありがとうございます。

投稿: 時折 | 2011年3月11日 (金) 08時16分

時折さんコメントありがとうございます。
>> 日本人の基本的な幸福感や対他意識など、
>> そういう根っこの部分に本質的な変化が
>> 生まれないと、本当の意味での「成熟社
>> 会」を訪れないようにも感じるのです。
なるほど、本書のように経済学的立場のみで社会は語れない、というわけですね。確かにそうかも知れません。
ただ、内田樹先生が言われるように、現代が「過度に消費者意識が発達した社会」なのだとすると、案外波頭さんがおっしゃるように、政策的な方向性さえ整えば、案外心情的にも成熟社会を迎えるのではないか、という気分にもなります。
まあ、波頭さんがおっしゃるような政策を推進できるリーダーシップが現代の政治家にあるのだろうか、という根本疑問はありますけどね。

投稿: むらちゃん | 2011年3月11日 (金) 08時34分

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