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2011年1月14日 (金)

清貧の思想

「清貧の思想」中野孝次:著(草思社)

約20年前のベストセラーですから、ご存じの方も多いことでしょう。当時、流行に乗り遅れまいと購入し読み出しはしたものの、途中で挫折してそのままにしてありました。

先日本棚の整理をしていたとき、本書のタイトルとその帯が目に止まりました。宋朝体のフォントがいかにも「清貧」という雰囲気を醸し出しています。帯に書かれた以下の文章が気になり、読んでみることにしました。

生活を極限まで簡素化し、心のゆたかさを求めたわれらの先達。西行・兼好・光悦・芭蕉・大雅・良寛など清貧に生きた人々の系譜をつぶさにたどり、われら今いかに生きるべきかを改めて問い直す。

本書が出版された1992年は、バブル経済の崩壊が顕在化し、拝金主義や大量消費に対する嫌悪感が出始めた頃です。「清貧」という言葉が耳新しかったこともあり、当時本書に多くの人が飛びつきました。帯の紹介にある通り、日本の中世~近世に生きた文人たちの、物品や金銭に囚われない様子を描いた文章や作品について、中野さんが解説することで現代的な価値が与えられてゆく、という構成です。最初のうちは、かなり引き込まれました。
けれども、ページを繰れども繰れどもそうした「よい人の話」ばかりです。若かった私は、半分も読まないうちに投げ出してしまいました。

それなのに、今回読み直してみると止まりません。私は読書の際、気に入ったフレーズがあるとページの端を折り曲げることにしているのですが、本書では折り曲げすぎて本がきれいに閉じられないようになってしまったくらいです。この違いはどうしてだろうと思っていたら、次のような一節と出会い、驚きました。

若いころだったらわたしはこういう話にさほど心を動かされることもなかったろう。事実わたしは四十ころまでには良寛にも「方丈記」にも「徒然草」にも関心を持つことなく、(中略)たまにそういうものを、たとえば「近世畸人伝」のごときものを読んでも、そこに記されているのがいわゆる「いい話」ばかりであるのに退屈して放り出してしまうのがつねだった。
しかしいまわたしはこの国の随筆や逸話集が著者のいいと思う人物たちの話に終始していることを、いかにもそうあるべきことと共感しているのである。

なんと中野さんも私と同じだったのです。本書に挟んであった栞から類推すると、約20年前の私はこの部分を読んでいたはずなのに、まったくチェックした跡がありません。きっと何とも思わなかったのでしょう。
賢人の言葉といえども、受け取る側のレディネスと申しましょうか、前提が必要なのだなと痛感しました。特に人間の業(ごう)に関わる記述に共感するためには、それなりの人生経験が必要なのだろうと思います。

人は自然のままに放っておけば、物が欲しい、金が欲しい、地位が欲しいと、あればあるでさらに多い所有を求める。欲望に限りはなく、権力ある者はさらに権力を、富裕なる者はさらに金銀を欲してやまない。

たとえばこんな表現を読んでも、実際にこういう感情によって被害を受けた経験、あるいは自分の中にこうした感情を発見した経験がなければ、心が動かされることはないでしょう。それから時代背景もあります。食べ物に旬があるように、きっと文章にも旬があるのです。

今回私が本書でもっともぐっときたのは次の部分。

いつからこんな妙な言葉が使われだしたのか記憶は不確かですが、消費者というこの人間侮蔑的な言葉が一九六五年ごろから、すなわち経済成長を一国の最大の目標としたころから、われわれの状態を正しく言い当てているようです。大量生産=大量消費の時代が始ったのでした。

今まで何の疑いもなく使っていた「消費者」という言葉。これに異を唱えられるのが、文学者が時代を語る意義の一つでしょう。こういう言語感覚を持ちたいものだと、強く感じました。

本書は現在では、文庫版が出ているようです。中野さんの言う「大量生産=大量消費」の時代は、まだ続いています。生き方を見直してみようかな、と少しでも思われた方にはぜひおすすめしたい一冊です。

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