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2011年2月16日 (水)

下流志向

「下流志向」内田樹:著(講談社文庫)

いやあ、参りました。読後の「どよんとした気分」が抜けません。本書は非常に面白かったのに、気分が重いのです。以前似たようなこととして、村上春樹さんの「ねじまき鳥クロニクル」を読んだとき、人間の生皮を剥ぐシーンが強烈すぎて幾晩か夢に出てきたことがありました。今回はそれに次ぐ、いやそれ以上のショックでした。

ショックの内容というのは、本書の言説そのものではなく、それによって明らかにされた自分の間違いについてです。これまで長いこと砂漠を歩いてきて、きっとこの先にオアシスがあると信じてきたのに、実際には道を間違えていたのだと気づかされたような感じがしています。あるのは、途方もない後悔と徒労感。
これをもたらした部分を、無理矢理1か所だけ指摘せよ、と言われたら、次の部分を紹介します。

消費することから社会的生活をスタートさせた子どもはその人生のごく初期に「金の全能性」の経験を持ってしまう。(中略)子どもたちはそれからあと、どのような場面でも、まず「買い手」として名乗りを上げること、何よりもまず対面的状況において自らを消費主体として位置づける方法を探すようになるでしょう。(中略)これを教室の用語に言い換えると、「ひらがなを習うことに、どんな意味があるんですか?」という言葉になるわけです。等価交換的な取引のいちばん大きな特徴は、買い手はあたかも自分が買う商品の価値を熟知しているかのようにふるまう、ということです。(太字部分は本書では傍点)

昔の子どもたちは、家業や家事の手伝いなど、「労働」を入口にして社会と関わっていったのに対して、今の子どもたちは、「消費」から入り、「買い手」という立場の快感を覚えてしまう、と内田さんは言います。そしてそれが、社会のすべてを等価交換的にとらえるという考え方を醸成していった、というわけです。
お金を手にすれば、買い手でありさえすれば、例えば商店に置いては、老若男女すべて等しく扱ってもらえるために、消費場面に出会えば出会うほど、子どもたちの中に「金の全能性」が強化されるというのは、なるほどと思うと同時に、非常に怖くなりました。

こうした消費者意識は、労働意識にも如実に反映されている、ということで次のように説明されています。

労働から逃走する若者たちの基本にあるのは消費主体としてのアイデンティティの揺るぎなさです。彼らは消費行動の原理を労働に当てはめて、自分の労働に対して、賃金が少ない、十分な社会的維新が得られないことに「これはおかしいだろう」と言っているのです。そして、等価交換を原則とした場合、彼らの言っていることはまったく正しいのです。

ここでいう「労働から逃走する若者」とは、ニートなど働かない人だけではなく、ほんの1,2年勤務しただけで、退職・転職してしまう若者も指しています。経営者でなく労働者である以上、労働の対価は必然的に労働内容よりは少なくなるわけですが、自らを消費主体と考えれば、これほど理不尽なことはないわけです。だから青い鳥を探してさまよったり、濡れ手で粟のような商売を探し求めたりする、という説明は、非常に説得力がありました。

ただ、このように明快な説明をされればされるほど、暗い気持ちになりました。私は、家庭でも職場でも、およそ人にものを教えるという場面では、いつも経済合理性に基づいてその意義を説明してきたからです。たまに学校で講演させていただいたときでさえそうでした。「○○すると有利だよ」「○○なら得をするよ」と申しておりました。学びには学ぶことそのものに意義があったのに、その哲学を説く理路を持たなかったのです。真に恥ずかしい限り。本書を読みながら、そういう自分の卑小さを、いやというほど確認させられました。そしてもう、この間違いは永遠に取り返しがつきませんcrying

本書の帯には「日本中の親、教師を震撼させたベストセラー、ついに文庫化!!」とありました。まったくその通りです。現に私も親として震撼しました。
世の先生方は、本書をどのように読むのでしょうか。保護者対応の面、生活指導の面、キャリア教育の面、様々な視点がありそうです。また、小学校、中学校、高校など、校種によっても違いがあるのではないでしょうか。
感想を寄せたいただけたらとても嬉しく思います。

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評論」カテゴリの記事

コメント

いつもどうも。
またお邪魔します。
そうですよね、実はニッポンをひっくり返すようなすごいことが書かれていますよね。私も、モチベーションという流行語まで、怪しく思えてきましたもの。
ただ、「等価交換」の激流は学校をすっかりのみこんでいるように感じます(生徒のいろいろな無気力には"それやることの意味わかんないし"がつきものです)し。
そういう意味で、「等価交換」という明快なシステムを宙吊りにして、不気味な微笑とともに魅力的な謎をそこに残しうる、「先生はえらい」的師弟関係論には、未来の光明を見い出す鍵を、感じます。

投稿: 時折 | 2011年2月16日 (水) 17時53分

時折さん、コメントありがとうございました。
しかしながら、等価交換は切ないです。

「先生はえらい」未読なんですよねぇ。やはり読まないと、ですか。がんばります。

投稿: むらちゃん | 2011年2月17日 (木) 00時24分

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