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2011年5月16日 (月)

大人の流儀

「大人の流儀」伊集院静:著(講談社)

このところ伊集院さんの記事を、雑誌で連続して見かけました。週刊文春で少し前から始まった人生相談の連載は、辛口の回答が痛快ですし、先日の日経ビジネスには、サントリーの佐治社長との対談が掲載されていました。いずれも「無頼」を旨とする伊集院さんの魅力が遺憾なく発揮されていた記事です。

そんな気になる伊集院さんの近刊ということで、本書を読んでみることにしました。帯には伊集院さんの大きな写真とともに、次のような文が書いてありました。

大好きな人に手紙を書きたくなったとき。
上司に意見をしなければならないとき。
人を叱らなければならないとき。
大切な人を失ってしまったとき。
嫌でもケンカをしなければならないとき。
とてつもない悲しみに包まれたとき。
こんなとき、大人ならどう考え、どう振る舞うのだろう。

このように書かれていると、それぞれの場合の対処について、逐一解説している本であるように感じられます。実際本書の構成も、タイトル(テーマ)が提示され、それについての文章が続く、という形式なので、ぱらぱらと立ち読みしただけでは、そうした解説本、という印象を持ちます。
しかし実際には、伊集院さんが世の中の事象に対してつぶやいたエッセイです。彼の人生経験を背景とした、説得力のある言葉が並んでいます。たとえば、「大人はなぜ酒を飲むのか」という文章は、次のように結んでいます。

 上司や、恩師、仲間と過ごすのに酒が話の潤滑油になるのも本当だろう。
 しかしそんなことではない。私が酒を覚えていたことで一番助かったのは、どうしようもないシンクを味わわなくてはならなかった時、酒で救われたことだ。
 眠れない夜もどうにか横になれた。どんな生き方をしても人間には必ず苦節が一、二度むこうからやってくる。それがないのは人生ではない。
 人間は強くて、弱い生きものだ。そんな時、酒は友となる。

酒とのつきあい方については、本当に多くの人たちがエッセイを残している中で、伊集院さんの視点は、積極的ネガティブとでも申しましょうか、また独特だなあと思いました。こうした独自の主張をするとき「~だと思う」「~ではないか」といった、婉曲な表現にしてしまう人が少なくない中で、本書の主張はほとんどが上記のように言い切り、断言で終わっています。

それでもこうした主張が納得できるのは、本書のあちこちに、伊集院さんが経験した辛苦が少しずつ垣間見えるような記述がなされているからです。その「辛苦」の中で最も話題性のあるものとしては、夏目雅子さんとの別れに関して記述された文章でしょう。伊集院さんが初めて書いたエピソードと言うことです。
とはいえエピソードをちりばめる手法は、へたをすると本を散漫なものにしてしまいます。とりわけ本書は、週刊現代に連載された文章をまとめたものとのこと。そうした危険性は大きかったことであろうと思われるのに、エピソードのちりばめ方や主張の一貫性など、一冊の本としてきちんとまとまるよう、上手に設計されていました。

それにしても、本書で一番「大人の流儀」を貫いているのは、その売り方にあると思いました。本書の帯は、表紙の1/3を占めるほど大きなものなのに、「伊集院静、亡き妻夏目雅子について初めて語る」といった文言が一切見当たりません。そうした「売らんかな」のいやしいパブリシティは、伊集院さんが最も嫌う行為の一つであろう事が、本書から想像できますから、出版社がそうしたくても許されなかったのかも知れませんが。
言行不一致が目立つ昨今、なかなかの姿勢だと思いました。

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