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2011年5月 9日 (月)

表現とは何か

「表現とは何か」向井敏:著(文藝春秋)

連休中本棚を動かす必要があり、整理をしていたとき、昔購入したまま放置していた本書が目に入り、ついつい読んでしまいました。やるべきことが山ほどあったにもかかわらずweep

読みながら、なぜこの本を購入したのか、そしてなぜ読むのに挫折したのか、記憶をたどってみました。

本書が刊行された1993年、まだまだ駆け出しの編集者だった私は、同僚と比較して圧倒的に読書が不足していることに関して、強烈な劣等感を感じていました。さりとて、今から読んだとしても追いつくのは不可能。万一追いつけたとしても、そこでやっとイーブン。それは途方もない道のりに思えました。

そこで安易に考えたのが、文藝評論を読むこと。作品を読まずともその位置づけや価値を知ることができれば、ある意味読んだことになるのではないか。そんな安易な気持ちで本書を購入したのでした。しかし当然ながら、評論はその評論対象をある程度知っているからこそ楽しめるものです。本書で紹介されている、村上春樹さんはおろか、司馬遼太郎さんも海老沢泰久さんでさえも、全く読んでいなかったのですから。その他紹介されている文藝評論家に至っては、お名前さえ存じない方ばかり(今でも存じ上げない方多数crying)。

そんなこんなで、本書を放り出した経緯を思い出したのですが、本はある程度寝かせるといいのでしょうか、今回は存じ上げない方の評論も含め、かなり楽に読めました。というか楽しく読めました。さすが、文藝評論家として珍しく文章読本を書かれた方だけあって、その評はまさに玄人の文章でした。たとえば村上春樹さんの小説を評した部分はこんな具合です。

ページを繰るうちに、小説を書くのが楽しくてしようがないとでも言いたげなのびのびした筆運びに魅せられて、どんな些事の描写でもすみずみまで読まされてしまう。もちろん、構成を練り、叙述を整え、会話に磨きをかけるのに人知れぬ苦心を重ねはしたにちがいないが、しかし書きあげられた作品からは、気負いぶりが透けて見える処女作「風の歌を聴け」(初刊昭和五十四年、講談社)をほとんど唯一の例外として、そうした苦心経営のあとはきれいに吹き払われ、しんから楽しんで書いたという表情だけが残されている。こういう小説を読めば、読者の気分のほうも快くはずんでくるのはいうまでもない。

本書は向井さんが季刊誌に、88年~91年にかけて連載した記事をまとめたものであり、「ノルウェイの森」を「近作」と述べていることから、この評価はおそらく村上さんが同作で大ブレイクした時代に書かれた文章でしょう。「書くのが楽しくてしようがない」というのは、まさにこの頃の村上作品を評すのに適した表現だなあと感じるとともに、これだけの文字数でありながら、たったの3文で書かれていることにも驚きます。1文の文字数が多いことは一般に読みにくさを意味しますが、向井さんの文章にはそれがありません。

司馬遼太郎さんの作品を「人たらしの文体」とした上で、「韃靼疾風録」で用いられている比喩について、次のように述べています。

ここで用いられている比喩は、「塗れた油絹」だの、「塗籠の土蔵」だの「殻から抜け出たばかりの蝉」だの、あるいは「野の石がほのかに露をふくむ」、「燧石を叩く」、「蛍火がほおをかすめる」などといった、今では見たり聞いたり体験したりすることがめったになくて、日常からすっかりへだたってしまった事象に拠ったものがほとんどなのだが、それが司馬遼太郎の手にかかると、われわれのなかにあるい遠いはるかな記憶をそよがせて、なつかしさで心が色づくような、ときにはとろけるような気分を誘い出すと言うことが起きるのである。

なんと、これが1文。しかもよく読むと主述が呼応していないようにも見えます。けれども、声に出して読んでみると分かりますが、実にリズム良く、意味の通る文章になっているのです。このあたりは、とてもまねのできない芸当です。

本書で展開されている評論は、むろんこの2人の作家に対するような絶賛ばかりではありません。辛らつな批判ももちろんあります。私など元ネタを知らないので、評論の本質はおそらく分かっていないことでしょう。けれども、こうした美しい文章のお陰で、少なくともわかったような気にさせてもらいました。このような上質な評論が、すでに絶版となり文庫化もされてないと言うことは、実に残念なことだと思いました。

このブックブログの文章について、あくまで「読書感想文」であり、断じて書評ではないと申し上げてきたのは、こうした「本物の書評」が逆立ちしても書けないからであります。そのことを改めて実感できた一冊でした。まさに連休向きの本でした。

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