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2016年6月25日 (土)

三宅貴久子という教師

「三宅貴久子という教師――主体的・協働的な学びの実践」三宅貴久子を語る会:編著(さくら社)

 本書は、2016年3月末で関西大学初等部を退職された、三宅貴久子先生の仕事について、30人の著者がそれぞれの立場で語った本です。
 著者陣の構成は、研究者や教師はもちろん、保護者、教え子、学生、テレビプロデューサーなど多士済々。これにより、三宅先生の仕事のありかたが、多面的に分かるようになっています。

 私、村岡も執筆陣の末席を汚しており、駄文を寄稿させていただきました。
 ジャストシステム時代は、一緒にソフト開発をしたり、共同で学会発表をさせていただくなど、いろいろとご一緒させていただくなかで、最も三宅先生の魅力がわかるエピソードを紹介させていただきました。こちらに、その全文を掲載いたします。

「学ぶ楽しさ」を教えてくれる先生

 ある年の5月、三宅先生からメーリングリストに次のような投稿がありました。「今年は例年以上に厳しくやってます。4月末時点でもうクラスの半数以上が泣きました(笑)。」

 学級が始まって間もない時期に、クラスの半分以上が泣き出すクラス。それはものすごいことです。しかし後日先生にその意図を伺ったところ、次のように教えてくれました。

・今度の学校は地域柄子供たちの学力レベルが高いが、それゆえにゆるいところがある。

・この子たちにはもっと上の学力、つまり「根拠が言える力」をつけてあげたい。

・だから今年は、授業での発言には根拠を必須とし、言えるまで許さないこととした。これは厳しい指導になる。だから家庭訪問の時に保護者へ丁寧に説明した。お子さんが泣いて帰ることもあり得ると伝えた。

 厳しい指導で、時に子供が泣き出してしまうことは、どこの教室でもあることでしょう。しかし、三宅先生は意図的にそれを行っておられました。大人でも難しい「根拠が言える力」を身につけさせるために。これ以降、三宅先生のクラスでは、毎年根拠を述べることが必須になってゆき、これがミューズ学習につながっていったのだろうと思います。

 このクラスで行われた「やまなし」の授業を見学したとき、子供たちは叙述に根拠を見出して激論を交わしていました。議論はぶつかるものの、子供たちは話し合いを楽しんでいる様子がうかがえました。互いの立論のすばらしさをたたえ合う場面すらあり、小学生でもここまで育つのかと舌を巻いたことを強烈に覚えています。

 また、三宅先生と一緒に「ひらめきライター」という作文ソフトを開発していたとき、こんなこともありました。

 ソフトの有効性を調べるために、教室をパソコンを使う教室と使わない教室の二つに分けて作文を書いてもらったことがあります。先生は一人ですから、どちらか一方の教室には子供たちと、我々研究スタッフのみになるため、遊び出す子供たちがいました。ところが不思議なことに、ちょうど遊び始めた頃に、まるでそれを見ていたかのように、三宅先生が教室にやって来るのです。しかも、騒ぎ始めた子のところへ、ピンポイントで直行。その子はビックリして作文を書き始め、以後遊ぶことはありませんでした。

 授業後にその秘密を伺ったところ、「だって、子供たちを半分に分ける指導計画をたてたら、子供たちがどう動くか予測しているもの。タイミング、バッチリだったでしょ。」  近頃は「子供中心の楽しい授業」「叱らない優しい先生」が理想とされています。しかし、本当にそうでしょうか。三宅先生が担任する子供たちを見ていると、学習活動が厳しいからこそ、子供たちは「学ぶことは楽しいことだ」と実感するのではないか、先生が壁になるからこそ、子供たちは乗り越える力を身につけることができるのではないか、と思えてきます。そして、それを成り立たせているのは、子供を見取る力。この眼差しが優しいからこそ、厳しい指導ができ、だからこそ子供が伸びるのではないでしょうか。

 三宅先生のご指導は、どんな職業の人でも参考にすることのできる、示唆に富んだものだったと感じています。

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